伊勢の神宮と大麻
禰宜 櫻井建弥
今回は伊勢の神宮についてお話したいと思います。「お伊勢さん」「伊勢神宮」と親しまれている伊勢の神宮ですが、正式には単に『神宮』と申し上げます。
わが国最高で最大の神社として「大神宮」と称され、日本人の総氏神さま、日本国の総鎮守であり、日本人の心の故郷(ふるさと)です。
伊勢の地にご鎮座以来二千年、皇室・国家の繁栄と国民の幸福を祈って、年間千五百回にもおよぶお祭りが行われます。その中で最も尊いお祭りが十月の『神嘗祭(かんなめさい)』です。神さまに慎んで仕えることを「奉仕」するといいますが、私は光栄なことに、この「神嘗祭奉仕」を神宮司庁より命じられました。
神宮は、皇室のご祖先である天照大神をお祀りする「皇大神宮(内宮)」と衣食住をはじめ産業の守り神である豊受大神をお祀りする「豊受大神宮(外宮)」の両宮を中心に、百二十五社の神社があります。このうち私は外宮の奉仕を命じられ、神嘗祭の前日、外宮の斎館に参籠しました。参籠とは祭儀に先立ってケガレを避けて神社にこもり、沐浴して心身の清浄につとめることです。
神嘗祭はその年の新穀を最初に伊勢の大神さまにささげ、日本人の主食である稲穂が無事育ったことを報告し、感謝するお祭りです。その中心は、新穀をたてまつる「由貴大御饌(ゆきのおおみけ)の儀」と天皇陛下のお使いの勅使が幣帛(お供え)をたてまつる「奉幣(ほうへい)の儀」です。先に外宮、続いて内宮でほぼ同じ祭儀が行われます。
豊受大神宮(外宮) | 皇大神宮(内宮) | ||||
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由貴夕大御饌儀 | 十月十五日 | 午後十時 | 由貴夕大御饌儀 | 十月十六日 | 午後十時 |
由貴朝大御饌儀 | 十月十六日 | 午前二時 | 由貴朝大御饌儀 | 十月十七日 | 午前二時 |
奉幣儀 | 十月十六日 | 正午 | 奉幣儀 | 十月十七日 | 正午 |
豊受大神宮(外宮) | 皇大神宮(内宮) | ||||
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由貴夕大御饌儀 | 十月十五日 | 午後十時 | 由貴夕大御饌儀 | 十月十六日 | 午後十時 |
由貴朝大御饌儀 | 十月十六日 | 午前二時 | 由貴朝大御饌儀 | 十月十七日 | 午前二時 |
奉幣儀 | 十月十六日 | 正午 | 奉幣儀 | 十月十七日 | 正午 |
由貴大御饌の儀は、宵の十時と暁の二時の二回行われます。太古からつづくお祭りは深夜に行われる慣わしがあります。
神嘗祭奉仕のため、全国から外宮に参籠した神職は四人。神宮の神職とともに白い装束で身を正し、太鼓の合図とともに、祭主さまはじめ大宮司以下、四十人の神職が、松明に照らされた玉砂利の参道を進みました。
神宮では大宮司や少宮司の上に、祭主がおられます。現在は昭和天皇の第四皇女、池田厚子さまです。神宮は「天皇祭祀」であって、祭主は天皇の御代理として大神さまに奉仕するお役目を担っておいでです。
参進の途中、榊と御塩でお祓いを受け、四重に囲まれた御垣を進んで、大神さまが鎮まる「御正殿」そばの敷石に着座しました。御垣には、天皇陛下自ら皇居水田で育てられた御初穂をはじめ、全国から奉納された稲穂が懸けられています。
神宮は、千年の杜(もり)に鎮座するお宮です。深閑とした暗闇の中、松明の炎だけが光を放ち、時より高倉山から吹き下ろす風が神宿る森を吹き鳴らし、清らかな清浄感と緊張感が高まって、たいへん身の引き締まる思いがしました。
神楽歌が流れ、神宮神田の新米を蒸した御飯をはじめ、古式のまま調理された御餅や白酒黒酒、鰒(あわび)や鯛など三十種類の品々が次々とご神前に運ばれました。そして大宮司が微音で祝詞を奏上し、神職は一斉にぬかずき感謝の祈りをささげました。
日本人にとってお米は単なる食糧ではなく、神と人とをつなぐ命の糧です。神話は、稲穂をお授けになったのが「天照大神」と伝えています。稲は「命の根」だからイネといい、「米」には命の根がこめられているからコメといいます。初穂には、「新しい命の根」、みずみずしい生命力がこもっています。
神嘗祭は、全体で十日間行われます。その後、日本中で稲刈りが終わる十一月、宮中や全国の神社で「新嘗祭(にいなめさい)」が行われ、全ての神さまに収穫の感謝がささげられます。日本人は神々に感謝しながら、稲作を中心とした営みを二千年以上も続けてきました。これはわが国の大切な文化であり、「日本人の心」です。
ともに奉仕した先輩の神職は「ここにいることを先祖に感謝した」といい、私は眼前に神代の景色が広がり、この国の無窮なる歴史の重さを深く心に刻みました。
神宮には年間、八百万人がお参りに訪れます。また神宮の御神札(おふだ)『神宮大麻(じんぐうたいま)』は、全国の家庭や企業に年間、九百万体が頒布されています。もしもご家庭の神棚に神宮大麻がお祀りされていなかったら、お近くの神社で神宮大麻を受けて、氏神さまの御神札とともに、必ずお祀りください。
ビートたけしさんがはじめて神宮を参拝したとき、「大神さまにあれも頼もう。これも頼もう」と考えておられたそうです。しかし実際に神宮の神域に入った途端、全てが吹っ飛んだといいます。そして「ただただ有難かった」と話されていました。
神宮とは、そういったお宮です。
第5号 平成22年10月28日