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まことの心

宮司 櫻井建弥


 私たち神職(しんしょく)は毎日、神さまに「祝詞(のりと)」を奏上(そうじょう)します。毎朝六時の日供祭(にっくさい)、毎月一日と十二日の月次祭(つきなみさい)、春や秋の祈年祭(きねんさい)や新嘗祭(にいなめさい)、参拝の皆様からお申し付けの交通安全や厄除けなどの祈願祭、さらに最近は、新型コロナウィルスが私たちの命と暮らしを脅かしていますから、終息するまで毎朝、悪疫退散(あくえきたいさん)祈願の祝詞を上げています。

 祝詞とは神さまと人間をつなぐ言葉です。言葉には「言霊(ことだま)」と申しまして霊的な力があると信じられていますから、絶対に読み間違いをしてはいけません。しかし読み間違いをしなければそれで済むかといえば、それほど簡単なものでもありません。それは、神さまに心が伝わらなくては意味がないからです。
 そのために、神職は身も心も清浄にして、真っ直ぐな心で祈らなければなりません。昔から「清き祈りは神に通ず」と言いますが、これは本当のことです。


 ではどうすれば、この神さまに届く清き祈りを捧(ささ)げることができるのでしょうか。祝詞には「各も各も清き明き直き正しき真の心以て(おのもおのもきよきあかきなおきただしきまことのこころもちて)…」という言葉が、幾度も出てきます。つまり、神さまがお喜びになる「まことの心」とは、清々(すがすが)しく朗(ほが)らかで素直な心です。また私心(わたくしごころ)のない正しい心ということになります。

言い換えれば、日頃から他人と争ったり怒ったり恨(うら)んだり、また悲しんだり、くよくよしたり、そういった心のわだかまりをすべて捨てて神さまにおすがりし、清らかな素直な心で祈らなければ、神さまには伝わらないということです。

明治天皇の御製(ぎょせい)に、

    「目に見えぬ神にむかいて恥ぢざるは
         人のこころのまことなりけり」とあります。

神の前に出ても恥じるところが何一つない生き方をする、これこそがまことの生き方です。そして、まことの生き方をしている人には、必ず神さまのお導きがあります。


新型ウィルスの蔓延(まんえん)によって、私たちの生活は様変わりしました。
自分や大切な家族が感染しないか、他人にうつしはしないか、暮らしは、教育は、企業活動はと、不安と恐れが満ちています。
しかし一方で、神社にお参りされ、手を合わせる人の数は確実に増えています。
自分の、そしてみんなの「いのちとくらし」を守ろうと祈る姿にまことの心を感じます
「神さまは私たちの幸せを願っておられる」、このことを固く信じて祈ってみてください。その祈りは必ずや神さまのもとへと届きます。

第22号 令和2年5月10日

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